夏読書

今年から持っている「人材・組織マネジメント」の授業は夏休みを迎え、インプットの夏に入りました。

そんな中、インプットとは関係ないこの3冊をご紹介したいと思います。

 

 

『秋葉原事件 加藤智大の軌跡』中島岳志 2011 朝日新聞出版

 

先日加藤死刑囚の死刑執行が行われました。加藤はわたしと同学年でした。先日の安倍氏襲撃事件の犯人も41歳で同世代です。この人の39年間を知りたくなりました。著者は政治思想学者の中島岳志氏。お友達の中にファンもたくさんいるのではないかと思います(ちなみに氏の『自民党 価値とリスクのマトリクス』は特に秀逸な分析でした。こうなることを予言しているかのような岸田氏についての著述には舌を巻きます)。中島岳志氏は文庫版あとがきに「加藤が「しまった」「もっと生きていればよかった」と心底悔しがるような社会を作ることが、この本を書いた私の責務だと思う」と書いておられます。

 

読後自分の中にもこのような一抹の寂しさや不器用さがあると思いました。だからこそ、それは社会全体が受け止めるべきことであって、個々が背負い自分を責め続ける必要のあることなのかとも思います。決して彼の行いを肯定するつもりはないけれど、じゃあこの事件について私達社会全体が心を向けているかといえば、その複雑性に目を、耳を閉ざしたくなるままにしているように見受けられます。そして巡り巡って2022に・・・。

 

 

『悪貨』島田雅彦 2010 講談社

 

面白かった!偽札を巡る読み応えのある小説。ある日偽札が出回ります。最新の偽札鑑定機をもすり抜ける精巧な偽札がどうして偽札と分かったか、それは番号がすべてRM990331Gだったから。偽札鑑定の協力依頼を受けたのは通称フクロウと呼ばれる島袋一郎(アブラムシの個体を1ダース並べて違いを見つけるのが大好きだった)。資金洗浄疑惑の浮かぶ宝石店関係者が偽札事件とつながっていく。なぜ犯人は鑑定機を通り抜けるだけの精巧さを持ちながら、明らかに偽札と分かる番号を付けたのか?なぜ大量の偽札が発行されることになったのか、その黒幕の思惑は・・・。

 

 

『夏の花』原民喜 2010日本ブックエース

 

原民喜という人のことを知ってから、この本を読みました。著者は今でいう「繊細さん」で、本当に生きづらい世の中を生き抜いた人だったと思います。彼を心から支え、信頼し、時に叱咤激励して文学に向き合わせた最愛の妻は、結婚6年にして肺結核に倒れます。人前では一言も口を利かない著者が、細君の前ではずっとしゃべりっぱなし。そんな気を許していた人を失うという経験を、どのような思いで過ごしたのでしょう。

 

その後著者は広島へ行き原爆を体験。この「繊細さん」がとらえた原爆、それは〈知識ではなく体験として、日本はその爆弾を受けたのだ〉と思い知らされる、非常に生々しく時に冷静極まりない筆致の観察です。その後も彼は大きな音がするたびに原爆のトラウマが生じ心底怖がったと記録があります。

 

 

『悪貨』に出てくる野々宮とエリカの関係。それは被疑者と潜入捜査官でありながら、不器用に愛を求める男と求めに応じ彼の居場所となる愛情深い女でした。そんな関係を加藤死刑囚が持つことができれば。原民喜と細君のような心のやり取りができる関係が加藤にもあれば。そしてまた『悪貨』黒幕の思惑がまさにこの12年で加速しているかのような、このパラレルワールド。そんなことばかりを考える、つながり合った3冊でありました。