そこにあること


 

誰も引き受けてくれない痛みを、

よそに押し付けても、よそのせいにしても。

結局自分の苦しさは変わらないんだよね。

ひざの痛みも、心の痛みも、国家の痛みも。

 

日本はどんな日本でありたかったんだろう。

日本は国家の痛みをどう乗り越えるんだろう。

 

例えば原爆の痛み。これはやられた痛み。

例えば侵略の痛み。これはやった痛み。

例えば軍国主義の痛み。これは選択の痛み。

例えば帝国主義の痛み。これは時代の痛み。

 

何が得られたら満足できるんだろう?

次の言葉を描いては、消して。

消しては、描いて。

 

そうやって歴史を紡いできたのかもしれない。

わたしたちはどんな言葉で、今日を未来に紡ごうか。

この痛みに、どんな光を向けようか。

 

1026日から、日本近現代史の10回連続講座をスタートします。

詳細URL

https://www.kokuchpro.com/event/20201026/


講座お試し視聴

https://youtu.be/y3CHD_g2Mi8


写真は大洗神社の君が代。

ずーっとずーっと平和でありますようにという祈りの歌。

「君」が天皇という解釈になっているのは残念なこと。

結婚式とかおめでたい席で歌われていました。