誰も引き受けてくれない痛みを、
よそに押し付けても、よそのせいにしても。
結局自分の苦しさは変わらないんだよね。
ひざの痛みも、心の痛みも、国家の痛みも。
日本はどんな日本でありたかったんだろう。
日本は国家の痛みをどう乗り越えるんだろう。
例えば原爆の痛み。これはやられた痛み。
例えば侵略の痛み。これはやった痛み。
例えば軍国主義の痛み。これは選択の痛み。
例えば帝国主義の痛み。これは時代の痛み。
何が得られたら満足できるんだろう?
次の言葉を描いては、消して。
消しては、描いて。
そうやって歴史を紡いできたのかもしれない。
わたしたちはどんな言葉で、今日を未来に紡ごうか。
この痛みに、どんな光を向けようか。
10月26日から、日本近現代史の10回連続講座をスタートします。
詳細URL
https://www.kokuchpro.com/event/20201026/
講座お試し視聴
写真は大洗神社の君が代。
ずーっとずーっと平和でありますようにという祈りの歌。
「君」が天皇という解釈になっているのは残念なこと。
結婚式とかおめでたい席で歌われていました。